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栄えあるmini第1号機
PRONOTE Jet mini CF-11DS32 |
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1995年5月16日から19日までの4日間、東京・晴海の国際見本市展示場で、ビジネスショウ'95が開催されていました。その中のPanasonicブースに小さなカラーノートPCが展示されていました。(写真)
たまたま通りかかったちばは、そのサイズにしばし釘付けになりました。
そして95年6月、Panasonicから7.8インチDSTNカラー液晶搭載サブノートとしては世界最軽量となるノートPCが発売されました。PRONOTE
Jet mini (CF-11DS32)です。 |
当時はサブノートパソコンの黎明期で、IBMがモノクロ液晶ながら世界初のサブノートであったThinkPad 220の後継機として、A5ファイルサイズ、1.7kgで世界最小・最軽量のカラー液晶サブノート、ThinkPad
230Csを発売していました。
そこへ横幅はジャストB5、奥行きはA5ファイルサイズという、横長ボディのB5コンパクトサイズで、重さ1.29kgという驚異的な軽さでJet
miniは登場してきたのです。
しかもこのサイズの中にシリアル・パラレル・ビデオ・PS/2などの標準ポートをひととおり搭載し、かっちりした感触の17mmピッチキーボードと16mmトラックボールを備えていました。さらにTypeII×2のPCカードスロットやSound
Blaster互換音源も装備しており、そのサイズからは想像できないほど良いマシンに仕上がっていました。当時の主流OSであるWindows3.1が快適に動作するCPUパワー(486DX/2
50MHz)を持っていたことも挙げられます。
欠点はバッテリー持続時間が短いこと(省電力に配慮した使い方で2時間を越えるのがやっと)とトラックボールが埃に弱く滑りやすかったことぐらいでしょう。
しかし、Jet miniは雑誌などでの評価は高かったものの、主に企業向けとして販売されており、パソコンショップの店頭ではほとんど見ることはできませんでした。 |
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パワーアップしたmini2号機
PRONOTE mini CF-11FS32/52 |
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95年11月、Jet miniと同じ筐体を採用した2代目PRONOTE miniが登場しました。 |
見た目はminiのロゴが違うだけですが、CPUが486DX4/75にパワーアップされたほか、FS52ではHDDが340MBから540MBへ、カラー表示も256色から65,535色になりました。
しかしほぼ同時にIBMからA6ファイルサイズで630gのParmTopPC110YDW(ウルトラマンPC)が発売されたため、Windows3.1が動作する最軽量カラーノートの座は譲ることになりました。
ところがその直後にWindows95が発売されたため、翌96年2月にはWindows95を搭載したminiが発売されました。(CF-11FS32AJ/52AJ)
これにより、その後東芝のLibretto20が発売される96年4月までの間、Windows95が標準搭載されているマシンとして最小・最軽量マシンに返り咲きました。
Jet mini同様、企業向け主体の販売であったため、相変わらず店頭では見かけませんでしたが、それでもJet miniよりは展示する店も増え、ユーザーも徐々に多くなってきました。
なお、Windows95が発売された後、Jet mini/mini用の対応BIOSがniftyのFPANAPC内で公開され、ユーザーは大変喜んだものです。 |
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Let's noteの名を冠した
mini3号機
Let's note mini AL-N0D413J5 |
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96年6月、企業向けに販売されていたPRONOTEシリーズとは異なり、一般家庭ユーザーをターゲットとした、B5ファイルサイズのサブノートPC、Let's
noteが発売されました。
このLet's noteはFPANAPCの電子会議室「miniの部屋」で出されたminiユーザーたちからの意見・要望を反映して作り込まれたもので、当然のごとく市場でも高く評価され、大ヒットとなりました。
多くのパソコンショップの店頭に置かれるようになったこともあり、生産が追いつかないほどだったそうです。 |
しかし、miniのスピリットが受け継がれているとはいえ、miniより一回り大きくなってしまったため、後継機種として考えると残念に思うminiユーザーも少なくありませんでした。
が、その心配もつかの間、同年9月に、Let's note mini (AL-N0D413J5)が登場しました。
名前はPRONOTEからLet's noteに変わったものの、筐体はJet mini/miniと同じ。CPUをAMD 5x86 133MHzに強化し、HDDを810MBに、メモリを24MBフル装備(これ以上積めない)したものでした。そのためか重さ表示は1.31Kgと20g増加しています。またオプションだったFDDが標準添付されたり、海外でも使える240V対応のACアダプタに変わったりと、細かい配慮もされました。
Am5x86の採用は、Pentium時代に486の回路設計のminiを継続するための策だったのだろうと思いますが、すでにWindows95が標準OSの地位を固めていたため、パワー不足感は否めませんでした。
なお、Windows3.1モデル (AL-N0D413J3)も併売されましたが、店頭ではほとんど見かけることはありませんでした。 |
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装いも新たにmini4号機
Let's note mini AL-N4T512J5 |
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97年10月に幕張メッセで開催されたWindows World EXPO '97。その松下ブースに置かれていた、miniの後継機と呼ぶにふさわしい参考出品には大変驚きました。
そして97年11月。前作AL-N0から1年以上の歳月を経て待望の登場を果たしたのがこのAL-N4です。
長い空白があっただけに、後継機種の登場にminiユーザーは沸き返りました。
しかし、単に後継機が出ただけで喜んでいだわけではありません。miniは著しい進化を遂げていたのです。 |
筐体はこれまでのminiのものとは異なり、幅が3cm縮まり、奥行きが1cm延びて、A5ファイルサイズとなりました。重さはジャスト1.0kgです。そしてA5クラスのノートパソコンとしては初となるSVGA(800×600ドット)TFT液晶(8.4インチ)を搭載し、光学式トラックボールの採用で正確なポインティングを実現、またCPUにはMMX
Pentium120MHzを採用、HDDは1.6GB、16MBのメモリを標準搭載するなど、小型軽量ながら高い作業性も維持しています。
さらにオプションの大容量バッテリーを装着すると連続8時間動作し、その状態でも重さ1.3kgを実現していました。
しかしスペースの制約から、シリアル・パラレル・ビデオ・PS/2などの標準ポートはI/Oアダプタへと移されました。残念ではありましたが、PCカードスロットはTypeII×2が堅持されていましたので、大抵のことは賄えますし、それ以上に小型軽量化のメリットのほうが大きいと感じました。
もっとも残念なのは、キーピッチが15mmに縮小され、ストロークも浅くなったキーボードでした。慣れれば打てないことはないのですが、従来のminiのキーボードがしっかりしたものだっただけに、その差は歴然でした。
さて、1年以上にもなった空白期間には、BIBLO NC、AMiTY CN、チャンドラ、Librettoなどの新製品が登場し(miniユーザーの心を揺るがせ)、N4とほぼ同時期にはmobio
NXやVAIO 505なども発売され、ミニノートという新たなジャンルを形成しました。
しかし、それらマシンの多くは使っているうちに底面がとても熱くなり、モバイル中の膝の上での使用には耐えないものばかりでした。が、AL-N4は発売当時A5ノートで主流だったMMX
Pentium 133MHzではなく、敢えてMMX Pentium 120MHzを採用し、さらに松下独自の新素材であるグラファイトシートを使用するなど、徹底的な放熱対策を施していました。
このため、「熱くならない」「長時間使える」ノートとしてモバイル通の間で人気を博しました。 |
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究極のモバイルツール
mini5号機
Let's note mini CF-M32J5/J8 |
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1998年6月、MMX Pentium 166MHzを採用し、二次キャッシュ256KB、およびUSBポートを追加した、Let's note mini/M32
(CF-M32J5)が発売されました。
筐体はAL-N4と同じですが、ボディカラーがシルバー&ブラックになり、見た目のイメージはシックでシャープなものになりました。
主要スペックでは8.4インチSVGA(800×600ドット)TFT液晶が65,535色から262,144色表示になり、HDDは2.1GBに、標準搭載メモリも32MBに増えました。 |
また、キータッチやバッテリー管理など、スペックに現れない部分の改善も行われ、よりいっそう使いやすいノートへと進化しました。
実はMMX Pentium 166MHzには2種類あり、後期のもの(コードネーム:Tillamook)はより低電圧で動作する設計であるため、MMX
Pentium 120MHzよりも低消費電力になっています。このため、スピードアップを図りながらも、バッテリー持続時間では先代のAL-N4を若干上回る形になっています。
M32の発売時には、「赤玉トラックボールキャンペーン」が行われ、先着5000名に配布されました。また、時期的にWindows98の発売を間近に控えていたため、「Windows98無償アップグレード」もあわせて行われました。
Windows95の最終バージョンであるOSR2.5(4.00.95C)がプリインストールされた数少ない機種ということもあり、ハードスペック以外の部分でも玄人受けする内容でした。
そしてWindows98発売を受け、1998年7月にはCF-M32J8が登場しました。
しかし、巷ではSONY VAIO505が築いた薄型B5ノート、いわゆる「銀パソ」がブームになってきたため、A5ノートを含むミニノートは苦戦を強いられることになります。本当に屋外でノートPCを使いこなす「モバイラー」はまだそう多くなく、一般の人々はブームに乗ってしまったため、ミニノートの市場は急速に小さくなってしまったのです。
98年10月には、CCDカメラを搭載し、トラックボールを廃して薄型にした、miniとは異なるアプローチの「comm」というA5ノートが出ましたが、市場の流れをを変えるには至りませんでした。
さらに、PentiumII/IIIとCPUの高速化が加速し、電力消費も発熱も大きなCPUが大勢を占めるようになってきた影響も加わって、ミニノートの設計自体が難しくなり、A5ノートは市場からほとんど消えてしまいました。
以降現在(2000年3月)まで、残念ながら国内ではminiの後継機は発売されておりません。ぜひともモバイラーのために復活することを期待します。 |
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ex:海外で生き延びるmini
Toughbook 33 (CF-M33W5M) |
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日本国内では後継機の出ないminiですが、アメリカではToughbookというシリーズの中に、miniのコンセプトが息づいています。
実はアメリカ版miniはAL-N4の時から存在しており、
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AL-N4 = CF-M31、CF-M32 = Toughbook CF-M32
として販売されていました。基本的なスペックは国内のものと同じでしたが、カラーリングはAL-N4と同様のものが引き継がれています。
そして、99年7月、その後継機種としてToughbook 33は登場しています。
M32からどのように変わったか。
・TFT液晶に"DayBrite ARX"と呼ばれる低反射処理が施された。
・液晶ディスプレイにタッチパネルがついた。
・マグネシウム合金を液晶パネル背面に採用。
・HDDを衝撃吸収素材で保護。
・持続時間は大容量バッテリーで6時間に減少。
・重さ2.6ポンド(約1.2Kg)に、厚さ1.5インチ(約39mm)に増加。
・CPUは MMX Pentium 266MHzにパワーアップ。
・二次キャッシュ512KBに、HDD容量は4GBに増加。
といったところ。
モバイルという観点からすると、バッテリー持続時間や大きさ・重さの点ではマイナスですが、耐衝撃性や視認性の向上という点ではプラスになっており、パワーアップやタッチパネルによる操作性の向上分を加味すると、甲乙つけがたいものがあります。また、米国市場向けのため、キーボードが英語キー配列になっていることに魅力を感じるユーザーもいるでしょう。
最大の問題は入手が難しいところでしょうか。
国内でも販売されると嬉しいのですが・・・。
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その後Toughbook 33の入手に成功しました。(2006.3) |
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